2008年10月アーカイブ
最近、気持の良い秋晴れが続いていますね。
皆さんは天気の良い日に、何をしたくなりますか?
散歩、お昼寝、読書...きっと人によってさまざまですよね。
私はと言うと、美術館に行きたくなります。
秋の澄んだ空気と光の中、それも比較的混んでない平日(学生の特権!)に美術館に行くのって、
とても贅沢なことじゃないでしょうか。
そこで今日は私のとってもおすすめな美術展を紹介したいと思います!
それは、渋谷bunkamuraでやっているミレイ展です。
※ミレイと言っても落ち穂拾いのミレーじゃないです

これは彼の代表作≪オフィーリア≫。シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に登場する悲劇のヒロインオフィーリアが、恋人ハムレットに父親を殺されて正気を失い、小川で溺死する瞬間を描いたものだそうです。
...私はこの絵を初めて雑誌で見たとき、衝撃を受けました。
見てはいけないものを見てしまった、でも美しくて目が離せない、という感覚でした。
本物はあまり大きくありませんが、緻密に描かれた背景やオフィーリアの表情などからは、
無言ながらもの凄い迫力を感じられました。
≪オフィーリア≫以外の作品も、劇的なシーンをキャンパスに収めたものが多く、
1枚1枚とてもインパクトがありました。
この展覧会は今月の25日で終わってしまいます。
寒さが本格的にやってくる前の、この気持のよい季節に、
皆さんもぜひミレイの魅力を味わいにいってみてください!
最後に、、これは私がこの夏ドイツに行った時の写真です。
上はベルリンにある1番大きな公園、下はポツダムのサンスーシ宮殿で撮ったものです。
なんとなく≪オフィーリア≫に雰囲気が似てるなぁと思い、載せてみました^^
黄金色の輝くお芋。口に入れたら、ふんわりとして野菜とは思えないほどの甘みが広がる。
ふかすだけでおやつにピッタリのひと品となること請け合い!
朝見ていたテレビから偶然流れてきた言葉に思わずヨダレが出そうになった。
画面に映るお芋は上品な紫色と中の濃い落ち着いた黄色のコントラストが見事だ。秋の食卓を彩る一品となるだろう。
商品紹介のあとは続いてお決まりの「それがなんと...〇〇円!」とくる。
値段を見てなんとなくガックリきて、家を出た。
テレビの通販番組は夜中のイメージが強い。
夜中の通販のわざとらしい吹き替えの声マネはよくネタとして持ち上がる。
つい面白くてハマってしばらく観ていた経験を持つ人も多いだろう。あの独特の自然を装う不自然さが通販番組の一つのイメージを作ったと言えるだろう。
しかし、昼間のテレビ番組内の通販となると、意識せずに見ていることが多いかもしれない。
家事をしながら、遅めの朝ごはんを食べながら、つけっぱなしにしていたテレビから流れる宣伝文句の数々。
流暢な日本語のナレーションは感情がたっぷりこもっていて、商品の魅力を視聴者にアピールする。
「ご希望の方はフリーダイヤル0120-〇〇〇...」ともってくる。
魅力を伝え、商品の求め方を紹介する構成はCMとよく似ている。
「こんなに美味しい、痩せられる」→「お求めは近くのコンビニエンスストアやスーパーで」
と書いてあるのと、→「ご希望の方はフリーダイヤル...」と何が違うのだろうか?
現在、テレビの通販番組は広告にあたるかが問題になっている。
日本民間放送連盟の放送基準によると、コマーシャルは全体の18%以下でないとならない。
一方、各局は通販番組は生活情報番組だと主張する。
どちらの主張が通販番組にふさわしいだろうか?
大まかに言えば、一部の商品CMと構成が同じ通販番組。大きな違いは長いか、短いか?間接的か直接的か?
私は面白くある限り、通販番組は一つの情報番組だと言いたい。
ただこの商品はこんなに良いから買って下さいとやみくもに主張するのでは困る。
しかし、好きな芸能人が紹介したりしていて、それが手に入るなら一つの情報を得るルートとなりうる。
テレビではある街で見つけたレストランや宿泊先、新商品をどんどん紹介する。新しいものがテレビに出ない日はないと言えるだろう。
意図的であれ非意図的であれ、テレビでモノを宣伝するのには実に様々な手法がある。
プロダクト・プレイスメントと言う、商品を映像の中で見せることで宣伝効果を得る方法も近年は一般的となっている。
「あのドラマで人気俳優が持っていた携帯電話と同じです」と言えば、買いたくなるかもしれない。
そうすると、ドラマも一つの宣伝番組と言うことが出来るだろう。
今、広告とテレビ番組は表裏一体となり、その境界線はひどく曖昧に思える。
どれも広告的要素を持ち、時間の割合や直接的か間接的か、などで判断基準を設けるのは難しい。
しかも、広告収入の減少を背景に通販番組は近年大幅に増加している。
テレビ局も資金のやりくりのために通販番組を入れざるを得ないのだろう。
だからこそ、一視聴者として望むことは一つだ。
面白くあること。
商品を売りつけようと意図していようといまいと、番組自体が面白ければ通販番組は番組間のコマーシャルと区別されてもいいと考える。
いわゆる味気ない商品紹介だけに留まらず、リポーターが体験しに行ったり凝った構成であれば、今までの通販番組のイメージを覆すかもしれない。
番組として楽しく、お買いものも楽しめ、実際に手に取ってからも楽しめる3ステップがあれば、情報番組となりうるだろう。
それはテレビ局の番組作り次第だ。さぁ、通販番組の未来はいかに!?
(Y.I)
「結論のでないことを、話し合うって素晴らしいことだよね。」
と、先日ある実業家が
私に向ってにっこりとほほ笑み、そう言いました。
彼は、私の親戚でもあります。
久々に会った食事の席で、
私が以前参加した
イスラエル・パレスチナ問題を扱うディスカッションイベントの話をし、
「まぁ、結局結論はでないんですけどね~。はは。」
と、言ったところ、↑の反応が返ってきました。
近頃、本屋に行けば、
話し方・プレゼンの仕方・レポートの書き方
などなど、how to本が目立ちます。
言いたいことをはっきりいいなさい
結論を先に述べなさい
就活を控えている3年生のみなさんは、
面接の練習などで、こんな指導を受けた人も多いのでは?
こういった社会の中で、
私たちは、ともすれば、
そういったスキルを身につけることばかりに躍起になりがちです。
(もちろん就活生やビジネスマンにとっては必要なスキルなのでしょうが・・・)
冒頭の実業家は、こう付け加えました。
「社会にでたらさ、話し合いをしてても、『結論はなんだ!』ってすぐ言われるんだよー。」
と。
みなさん、学生は、
ぐだぐだ結論が何だか分からずに、
それでも何かを熱く語っていいんですよー。
どうやったら中東問題は解決されるのか?
地球温暖化はどうやったら止まるのか?
こういった問題はあまりにスケールが大きくて、
冷静に考えれば、たかだか学生が数人で語り合ったって、
往々にして知識不足であり、実行力に欠けることは明白です。
でも、本当に意味のないことでしょうか?
もっと、身近な話にしてみましょう。
例えば、「どうやったら好きな人に振り向いてもらえるか」
を一生懸命考えたって、
人間なんて十人十色で、所詮他人の気持ちなんてわかりません。
でも、それは無駄なことでしょうか?
私はこの夏、キッズキャンプにボランティアとして参加してきました。
そこで出会った子供たちは、まだ携帯を持っておらず、
そう簡単には連絡が取れません。
でも、だからこそでしょうか、最近よくふと思うんです。
「~~ちゃんいま何してるかなー。~~くん元気かなー。」って。
私がいくら一人で考えたって、結論が出るような話ではありませんが、
それでも、私はなんだかイイ気分です。
少し、話がずれてしまった気もしますが、
秋の夜長に、結論!結論!と急がずに、、、
とぼとぼと、、、ぐるぐると、、、
物思いにふけってみるのも、たまにはいいかもしれません。
(M・Y)
